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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(も)1号 決定

主文

本件請求を棄却する。

理由

請求人の請求の趣旨および請求の原因は別紙のとおりであるがその要旨は、請求人は昭和二六年二月四日昭和二五年政令第三二五号違反事件被疑者として逮捕され、同月六日勾留状の執行を受け、同月二四日右政令違反被告事件につき前橋地方裁判所に起訴され、同年三月三日保釈されたが、昭和二七年九月三〇日保釈取消決定により収監され、昭和二八年七月二三日勾留執行停止決定により釈放されるまで勾留された。そして請求人に対する右被告事件につき最高裁判所大法廷は前記政令が行為当時には有効であったこと、そして平和条約発効によりそれが無効になったことの二つの事態を刑訴法の規定に従って判断した結果、右は同法の「刑の廃止」にあたるものとして昭和二九年四月一四日免訴の言渡しを、その判決は確定した。しかし、前記政令第三二五号は本件の行為当時有効に存在していた憲法に違反していたのであるから、同令違反行為はその行為当時においても当然に無罪であったのであって、それが無罪とされなかったのは、その行為時における「占領状態の存在」「占領の必要」によって憲法の解釈適用が制約されていたことのみに由るのである。従って右の「必要」がなくなれば、行為当時の本来の解釈に従って本来無罪はあくまで無罪と解すべきが当然である。従って前記被告事件における最高裁判所の免訴の裁判は、形式上は免訴であっても、その裁判の理由において明白に本来無罪であること即ち冤罪者であることの判断が示されており、「無罪的免訴」ともいうべく憲法四〇条、刑事補償法一条の無罪の裁判にあたるものである。かりに本件が同法一条の場合にあたらないとしても、前記被告事件については、本来無罪の裁判がなされるべきであったのに、「占領状態の継続」という事実があったために無罪の裁判がなされずに免訴の裁判がなされたのであって(平和条約発効という事実が免訴の裁判をすべき事由であると解すべきではない)、同法二五条にいう免訴の裁判をすべき事由がなかったならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるときにあたるものというべきである。よって請求人は前記抑留拘禁による補償を請求するものである。なお、平和条約発効の日たる昭和二七年四月二八日以後の勾留は前記政令が全面的に失効した後で、勾留の事由なきものであるから、少くともその不当違法な勾留による補償はなされねばならない。というにある。

しかし、憲法四〇条は、何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができると規定し、また、刑事補償法一条が刑事補償を受くべき場合を無罪の裁判を受けた場合に限定したものであることは、同条と同法二五条とを対比することによって明らかである。しかるに、所論大法廷判決は、請求人に対し六名の裁判官は、昭和二五年政令三二五号は平和条約発効と同時に当然失効し、その後に右政令の効力を維持することは憲法上許されないとの理由により、また、五名の裁判官は、右政令は、平和条約発効後においては、本件に適用されている昭和二五年六月二六日附及び同年七月一八日附連合国最高司令官の指令の内容が憲法二一条に違反するから、右指令を適用するかぎりにおいて、平和条約発効と共に失効するとの理由により、以上一一名の裁判官により本件を犯罪後の法令により刑が廃止された場合に当るとして免訴を言渡したのであって、これをもって所論のごとく本来の無罪的な免訴の裁判をしたものでないことは判文上明白である。従って憲法四〇条、刑事補償法一条による補償の請求はその前提を欠きこれを容認できない。また本件をもって同法二五条にあたる場合であるとの所論も前記最高裁判所の免訴の裁判理由に照し首肯するを得ず、その他本件において、免訴の裁判をすべき事由がなかったならば無罪の裁判を受くべきものと認められる充分な事由のあることを認めることはできない。なお、少くとも平和条約発効の日以後の勾留は不当違法な勾留であるから補償しなければならないとの所論については、そのような勾留による補償については、刑事補償法の規定するところではなく、その対象とならないものというべきである。

よって本件請求は理由なきものと認め同法一六条後段により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)

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